厄払い
今年大厄なのです。
そんなわけで、有名な厄除けの神社に連れて行ってもらいました。
人気で待ち時間が長いと聞いていたので、チビ達はじじばばに預けて。
大厄だと思っていたのに、神社では前厄扱い。
ん?
立春より前に誕生日がある早生まれは前の年で数えるとゆうのを聞いていたので、1/5生まれのあたしは今年が大厄なんだと思い込んでいのに。
↑この情報も去年の秋頃に知ったので、前厄も残す所数ヶ月じゃないか!?とビビるだけで特に御払いもせずでした。
そのせいかどうか、旦那が仕事でズタボロになったのでw
こりゃぁ今年は御払いに行っておかねば!!とゆう気持ちにもなりますよ。
(今思えば、ちゃんと神社で確認すればよかったね)
それにしても厄払い、すごいシステムだったよ、この神社。
申込用紙に記入して、
受付開始されるまですんげえ寒空の元行列に並ぶ。
案内してくれる人が一人も見当たらないので、すべて雰囲気で察する。
受付をして御志を納めて、待合室に誘導される。
待合室は人がすし詰め状態なので入れやしない。
また寒空の元待つ。
やっと名前が呼ばれて神殿のある部屋に通されてビックリ。
ここもすし詰めすし詰め。
あたしチビなんで、埋もれてます。
これ閉所恐怖症の人は絶対に無理だよ。
幸い端っこだったので壁に支えてもらえてよかった。
御祈祷が終わって外に解放されて御札とか御神酒をいただいて、さようなら。
淡々と済んだ。
30分の御払いに待ち時間1時間半ほど。
あまりにも淡々過ぎて良かったのかそうでないのかわかりません。
そして納めた御志の額で、帰りに貰える御札などなどのランクが違うらしい。ビックリ。
災難を厄年のせいにするつもりはさらさらありません。
だいたい災難って自分の不注意だとか、意識の問題が大半だと思うので。
僻まず、奢らず、謙虚に今年もマイペースに生きてゆきたいと改めて思うのであります。
さて実の所、御払いすべきはあたしではなく、旦那の方ではなかろうか、と思うのです。
旦那の災難も自分の考え方だとか意識の持って行き方だとか、不注意がほとんどです。隣で見ていて歯がゆいです。でもとてもとても頑固とゆうか考え方が凝り固まった人なので、御払いをしてもらったところで改める気など更々無い、とあたしは思います。
本人は御払いしてもらったとゆう事で大満足して、災難などはすべて自分以外の人、物、現状のせいにするでしょう。
この性格は変わってはくれないのでしょうね。
そこをあたしがどうコントロールするかにかかっている訳です。
その為にも、少し御力をお借りします、との意味合いの厄払いだったと思っています。
(余談)
神社の近くのパーキングに停める時に、コンパクトだけど普通車のウチの車を軽の所に停めようとした旦那。その場所だけが駐車料金が安かったから。
その結果、左側にあった電柱に気づかずにゴリゴリゴリ~とな。。。
意地汚い欲を出すからだ。
そこで言った旦那の言葉は「おまえ、外で立ってたんやからちゃんと見とけよ!」
あたしは反対側に居て、そちらの車体すれすれのバーの注意をしていたんだよ。
ね、そうゆうなんでも人のせいにして自分は悪くない、その考えなんとかし欲しい。
あ、今日もブツブツと文句ばかり。。。
ごめんなさい。